埼玉の地名の由来は

さいたまの地名の由来は、現在の埼玉県行田市大字埼玉にあるといわれています。

行田市は、万葉集では「さきたまの津」、風土記では「武蔵国埼玉郡(さきたまこおり)」と呼ばれていました。
この「さきたま」が、埼玉県という地名の発祥になったといわれています。
古い記録にたびたび登場することからもわかるように、行田市は東国古代史の宝庫で、全国でも有数の大きさである埼玉古墳群が発掘されています。
「埼玉県名発祥の碑」があるさきたま古墳公園には、国宝「金錯銘鉄剣」が出土した稲荷山古墳や、日本最大の円墳丸墓山古墳など、9つの大型古墳が発掘されています。

ところで、行田市は県の北部にあります。
そして、現在の県庁所在地であるさいたま市は県の南東にあり、行田市からはかけ離れたところに位置します。
そのため、新しいさいたま市という地名に対する反対意見は少なからずあり、行田市も、将来周辺市町村と合併した時に埼玉市を使う可能性があるという理由で新しい名称を反対しましたが考慮されることはなく、公募により、県庁所在地らしく県名に由来する名前が選ばれたようで、さいたま市に決定しました。

また、埼玉県は、県のイメージアップのために、「彩の国さいたま」を県のPRのキャッチフレーズとして利用していたこともあります。
残念ながら「火の国熊本」や「杜の都仙台」のように県内外に浸透することはなかったようですが、県のブランド商標として利用されています。